『靴下』

整然と整えられた寝具を見て、Kは始めベッドには誰もいないのだと思っていた。が、近づいてみて気がついた。女がいる。恐らく寝返り一つうたず、手の位置すら動かさずに眠り続けていたのだろう。もう深夜の三時だと言うのにベッドが一切乱れていない。この道に入ってもう十余年になるKだったが、こんなに寝相のいい“客”は初めて見た。本能的に警戒心が首をもたげる。

Kは慎重にかけ布団を剥いだ。ずいぶん上等な羽毛布団で、厚みはあるが不自然なまでに軽い。おかげでKは手元を狂わせ、布団を剥ぐときかすかな風を起こしてしまった。Kの背筋に冷たいものが走る。まずったか? ――しかし、幸いなことに女は起きなかった。が、Kは落ち付きを取り戻すどころか、そこに現れた光景を見てさらに動転した。夜盗として幾つもの難局を切り抜けてきたKだったが、今回ばかりは速まる心臓の鼓動をどうすることもできなかった。

その女は下着類を一切つけずに眠っていたのだ。窓から漏れる青白い月明かりに照らし出される女の肢体。胸は小ぶりでウェストもやや太め、スタイルがいいとは決して言えぬ体つきだったが、恐ろしいほど肌が綺麗だった。生身の女とは思えぬほど、きめ細やかで透き通った白い肌。それは、月の光を受けて淡く発光しているように見えた。

上から下まで裸だった。しかし、何故か女は靴下だけはきちんとはいていた。地味な紺色のハイソックスで、ミッションスクールの女子高生でもなければ買わないような野暮ったい代物だった。肌の透明感と相俟って、女の裸体は神聖な威光すら帯びているように見えた。

何故靴下だけはいているのか? いや、そんな疑問を抱くこと自体が不適切だ。そもそも何故全裸で寝ているのだ? そうだ、全裸ということこそが問題なのだ。靴下の意味について考えるということは、この女の素裸を現象として認めた上で浮かんでくる疑問なのだ。全裸ということこそが、俺の考えるべきことなのだ!

しかし、Kの思考は完全にその靴下にからめとられていた。何故靴下だけはいているんだ? 最早全裸で床についている理由などどうでもよかった。Kは既に冷静を失っており、自分が今どこにいるのかさえわからなくなっていた。月光を受けて淡く発光する白い足と紺の靴下を凝視しながら、Kは、さながら酩酊状態で螺旋階段を降りて行くような心地がした。

文章:ビール