『裏庭に置いてある赤い車のはなし』

そう、ニールは実のところ、たいへんまいっていたのです。もちろん彼の家は、このあたりでは比べようもないほど広く大きなお屋敷でしたから、車の一台や二台なら置き場所にこまることはありませんし、じっさいきゅうくつだと思ったこともないのです。それに駐車場は、お屋敷の裏庭の奥の奥の向こうがわにありましたから、めざわりというわけでもありません。

しかし、ふとしたはずみで西の窓を開けてしまったときや、裏庭にでむく用事ができるたび、ニールはその赤い車にうんざりするのでした。キーをなくして以来ずっとそこに置きっぱなしで、もう何年も手入れをしていませんから、タイヤはパンク、窓ガラスにはひび、ボンネットはよごれほうだい。ぴかぴかに光っていた昔のおもかげは、これっぽっちもありません。ニール自身でさえ、どういう色をしていたのか忘れてしまったほどです。

彼はどうにもこの車がにくたらしくてたまりませんでした。とても気に入っていた車だからこそ、乗ることができない今では目に入るのが腹立たしくて仕方ないのです。かといって、どかしてしまう気もまったくありませんでした。その車がぴかぴかだった頃のことを思い出すと、どうしても捨てるわけにはいかないように思われたのです。それに、いつまたキーがひょっこり出てくるかもわかりません。

友達をお屋敷に招待していっしょにお茶をするときなどは、「まだ置いていたの?」とあきれらることもあれば、お互いなつかしがって、この車を買ったときの話(当時のニールにしてみれば、それはかなり思い切った買い物でした)やドライブに行ったときの話をすることもあります。

この車をどうしようか。ニールは決めることができません。大きなハンマーをかついできて叩き壊してしまいたいなぁ。いや、これからもひっそりと裏庭に置いておくのが素敵だろう。いやいや、何とかキーを探し出して、もう一度ドライブに行こうじゃないか。……とりあえず向こうしばらくの間は、ひっそり置いておくしかなさそうです。

裏庭に置いてある、赤い車のおはなしでした。

文章:ビール