『中学校教師と水色のジャージ』

「何ヘラヘラ笑ってんだよ!」

振り下ろされた田崎の右足が、Kの背中を直撃した。雑巾を床にあて、四つん這いの姿勢をとっていたKは、もろにあごを床に打ちつけ、危うく舌を噛むところだった。周囲の生徒は息を飲み、掃除中の教室は静まり帰った。

「オイ何度言ったらわかるんだ、え!?」

二度目の蹴りがKを襲った。田崎は激怒していた。彼は剣道部の鬼顧問として名の通った体育教師で、些細なことですぐ怒った。今日は掃除中の些細な出来事、Kのつまらぬ口ごたえが田崎の怒りを爆発させた。

が、二度目の蹴りを脇腹に受けた直後、Kはまたしても噴き出すようにして笑っていた。

「…ぷっくく」

「だから何へらへら笑ってるんだよ、この野郎!」

今度はあばらを蹴られた。Kはまだ笑っていた。必死に田崎から目を逸らしながら、やはりKは噴き出すようにして笑い続けていたのだ。手加減を知らない田崎の蹴りをまともに浴びながら、Kはただ一つのことだけを考え続けていた。

(そ、そ、そのジャージのすそ、何なんだよ…)

田崎はいつも同じジャージをはいていた。色落ちした水色のジャージで、すその部分にチャックがついている。そのチャックはどういうわけかいつも半分だけ開いていた。それは正確に半分で、春夏秋冬、朝夕を問わず、常に、必ず、半分だけ開いていたのだ。

いつも生徒たちが隠れて笑いものにしていたことだったが、今になって突然、妙におかしくなってきたのだ。何故こんな危機的な状況でこんなことがおかしく思えて仕方ないのか。さっぱり理屈がわからなかったが、どうにもこらえようがなかった。ついにKは堪えかねて、大声で笑った。

「ブフ、ブフフフ、ブハハハハハ、バハハー!」

「いい加減にしろ!」

田崎は罵声を張り上げ、今度はKの肩を蹴った。例の半開きのジャージが、Kのすぐ目の前に降ろされた。Kはおかしくてたまらず、腹をよじって笑った。田崎はまた蹴った。Kは笑った。

「ブフー!ブフーハハハ、ブファファッファ!そ、そ、ジャージ、ブフハハハ!!」

「笑うんじゃねえ!」

静まり返った教室に、気違いじみたKの笑い声と田崎の罵声だけが響いていた。

文章:ビール