『丘を駆け上る龍と味方を虐殺する軍参謀Kの話』

小高い丘の上に陣取っていた一個中隊は文字通り総崩れの体を見せた。丘のふもとから放たれた新型の火炎放射器は、さながら地を這う龍のようなフォルムで立ち昇って来て、低い位置に陣取っていた日本軍の兵士達を次々と飲み込んで行った。

炎は赤と言うより殆ど紫に近いような不気味な色をしていて、ほとんど太さの変わらない一本の円柱の形を保ったまま五十メートルは伸びた。まるで生き物のように縦横無尽に斜面を駆け上がり、塹壕があっても壁を乗り越え窪地に侵入し、くまなく這い回ってからまた地上に現れる。丘の上から見下ろすと、それはまさしく蛇か龍が地面を這い回って丘を上り、次々と兵士を飲み込んでいくようで、悪夢と言ってもまだ生ぬるい光景だった。

火だるまになった同胞が、“龍”から逃げようとして必死で丘を駆け上って来る。この光景はすべての兵の心を隈なく戦慄で満たした。Kとてそれは例外ではなかった。いや、むしろ、参謀として従軍し敵味方の最新兵器に通じていると自負のあったKだったからこそ、“龍”登場のインパクトは大きかった。

Kは冷静に計算した。日本軍が弄ばれているのは誰の目にも明らかだった。見えるはずなどないのだが、火炎放射器を操る米兵の顔が防炎マスクの裏側でニタついているように思われた。勝算など、塵ほども残されていなかった。

Kは逃げ出した。丘を上るのではなく横に走った。「敵の的である中隊の群れから離れなければならない」、そう冷静に考えたわけではなく、戦慄に支配された心の最後の抵抗である本能的な指図に従っただけだった。

が、それを見て次々と部下達がこちらを追って来る。目に涙を浮かべながら、前のめりで、つまづきながら、そしてそのつまづいた同胞を踏み付けながら追って来る。さらにその後ろから、あの“龍”が追って来た。しまった!

「来るな、来るな、馬鹿者どもが!」

Kは振り向くと肩に下げていた小銃を構え、乱射した。弾は易々と命中し、部下達は耳をつんざくような断末魔を叫び、のけぞって倒れ、次々と丘を転がり落ちて行った。その先に待ち受ける紫の龍のあぎと。あと五メートルもない!

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!」

Kは恐怖に駆られ、“龍”にめくら滅法銃を撃った。が、龍は見る間に近づいてKの体を飲み込み、そのまま速度を緩めずKの後方へと駆け抜けて行った。Kは、意識が闇に溶ける最後の瞬間まで、飲み込まれた“龍”の体内で小銃を乱射し続けていた。

文章:ビール