もう二十年ぶりくらいになるのだろうか。コンビニで、ほんの気まぐれにアイスを買った。たった60円の安い奴だ。小学生の頃よく買っていた奴だから、確かに二十ウン年ぶりということになる。
合成着色料の安っぽい水色、単純明快なソーダ味。嗚呼、斜陽と期待に頬を赤く染めながら、駄菓子屋へ走るランドセルの僕が甦る。
懐旧の念を噛み締めながら最後のひとかけらを食べ終わると、棒の部分に何か書いてある。
「あ、当たりだ」
当たりが出たらもう一本。小学生の時、当たりを出した奴はヒーローだった。近頃の鬱々とした日常を吹き飛ばすような晴れやかな「あたり」の三文字。僕は浮かれ顔でコンビニに舞い戻った。
「すいません、これ、当たりが出たんですけど」
努めて平静を装って、僕は訊ねた。あるいは言葉尻に少し興奮が漏れていたかもしれないが、構わなかった。店員は耳にピアスを三つも四つもつけた、金髪の若者だった。彼は言った。
「ハァ?」
僕は我が耳を疑った。「ハァ?」って、それはどういうことだ。駄菓子屋のおばちゃんはいつも、当たりが出たらにこやかに「はい、もう一つね」と言って僕の手の平に新しいお菓子を置いてくれた。だのに、だのに貴様は!
だが、怒りはすぐに羞恥に変わった。ここはコンビニだ。ここは東京だ。店員は高卒のプーなのだ。駄菓子屋の持つノスタルジーなど理解され得るべくもない。むしろ今、郷愁を感じている自分こそが場違いなのだ!
「あー、ちょっと待って下さい。店長ー! アイスが当たったんですけどー!」
「はーい? 何だって?」
「いえあの、アイスが当たったっつって、持って来られちゃったんすけど、これどうしたらいいんすか?」
その声はPM11:00の店内に響き渡った。弁当や雑誌を持って私の後ろに並んでいた人達が各々反応を示す。くすくすと笑いをかみ殺す者、連れに懐かしいね、小学生のとき以来買ってないよ、などと話す者、順番が進まないことに苛立ちながら聞こえよがしにチッと舌打ちをする者。皆一様に私を見ている。ある者はニヤニヤと、ある者はイライラと。嗚呼、32にもなって、32にもなってアイスの当たりに胸を躍らせた、私が間違っていたのだ!
「あー、じゃあ、あげちゃってくれる? 高岡くーん」
「あ、いいんスか、店長? じゃあ……、はい、お客さん、どぞ。ありがとうございましたー」
子供のころ祝福の象徴であった「あたり」の三文字は、かくのごとくして私を甚く苦しめた。とぼとぼと家路を辿りながら近所の雑木林の前に差しかかったとき、私はやにわに「あたり」でもらったアイスを投げた。水色のビニール袋は、雑木林の合間の闇に溶けて見えなくなった。
文章:ビール